ピンぼけブログ館II

京都人のおじさんです。仕事場は大阪船場。近所をブラブラ歩きながら、写真を撮ったり、お寺や神社に参ったり、ギャラリーをのぞいたりしてます。余り飛び回れなくなりましたが、鉄ちゃんでもあります。 よろしくお願いします。地元の叡山電車の写真をメインとした鉄道の話、京都・大阪とその近郊のお散歩やギャラリー巡りの感想、ちょっと遠出できたときの旅行記、などなど、なんでもありの雑文などをぐだくだと.... (by なかっちょ from Kyoto)

京の新緑の散歩 乙訓寺の牡丹

  GW前半の4月28日は、洛西・乙訓方面に新緑散歩に出かけてきました。  

  桂から長岡天神までは電車で移動して、乙訓寺の春の特別公開に参ります。  

  いつもは、バス通りを行くのですが、地図を見て住宅地を横切る最短コース? を歩いてみます。
住宅地が途切れると農地になって、名物の菜の花畑が。花菜の季節は終わったので、種取用か緑肥用かも。
 

  お寺につきました。牡丹の名所ですが、すでに遅く(今年は4月13から20日頃が見頃だったそう)咲き終わったあとでした(^^;  

  諸国巡錫の弘法大師
平安時代空海は乙訓寺の別当を務めています。伝教大師最澄が訪れて密教の法論を交わしたこともあるそう。

奥が本堂で、十一面観音立像が奉られています。キリッとした目鼻立ちの整ったイケメンの仏様でございました(^^)
 

  乙訓寺は、「藤原種継の暗殺事件に関わったとして、早良親王桓武天皇実弟)を幽閉した」との、日本史の教科書の記述で知られますね。
親王は絶食自殺し、死後に怨霊となって桓武天皇ゆかりの人間を取り殺します。わずか10年で長岡京を廃し、平安京に再度遷都したのは、祟りを恐れたからといわれます。

奥は毘沙門堂で、毘沙門天立像が奉られています。四天王の一人として荒々しい武神に造られることが多い仏様ですが、このお寺では眉をひそめて愁いある表情をされ「憂愁の毘沙門天」と呼ばれます。
 

  牡丹は、咲き残りの数株がみれました。  

  来年は見逃さないように、4月上旬に「乙訓寺の牡丹まつり」の予定をスマホに入れておきましょう(^.^)
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