ピンぼけブログ館II

地元の叡山電車の写真をメインとした鉄道の話、京都・大阪とその近郊のお散歩やギャラリー巡りの感想、ちょっと遠出できたときの旅行記、などなど、なんでもありの雑文などをぐだくだと.... (by なかっちょ from Kyoto)

【京都市電】稲荷線の今昔

  前川尚氏の撮影された、京都市電稲荷線の現役時代(1964年8月)の写真と、管理人が撮影した現状(2020年5月)の写真で、今昔を見比べてください(^^)  

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  稲荷駅ホーム
電停は、疏水の上に橋をかけて設置されていました。右奥の国鉄稲荷線のハエたたきの電柱が時代を感じますね。
(昔の写真はクリックすると拡大します)
 
 

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  薄茶色のコンクリートのところが、電停のあった場所です。ホームの段差がそのまま残っています。女の子の座っているあたりが、ポイントだったのかな。右端の朱色の柵は、上部に手すりを追加してるけど、当時のままかも?  

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  稲荷電停を発車すると、すぐに京阪と平面交差してました。京阪は本線にもかかわらず、25km/hの速度制限をかけて側面衝突を防護してました。  

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  今は、60km/hまで速度制限は上がっているけど、深草駅手前の急カーブがネックですね。
線路の手前の家は取り壊されて駐車場に、奥の旅館もアパートに変わってます。
 

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  平面交差を大阪方から見たところ。左手の2階建ての建物は、信号扱所でしょう。ここで電車の行き来を制御してました。  

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  今は、信号扱所などはなくなって、ビルが建ってます。看板は「塗装WATANABE」と読めますね。勧進橋方の線路敷きにも家が建ってます。  

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  稲荷電停に到着する市電。行き先表示はすでに「京都駅」になってます。
市電側は、脱線ポイントで防護されてました。
 

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  勧進橋方は、塞がれて写真撮れず(^^;
稲荷方は、JRの踏切まで細長い公園になってます。ゆるい勾配の線路は、段差となって残ってます。
 

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  平面交差をすぎて、師団街道の踏切を通ります。稲荷線は全線が専用軌道でした。  

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  当時の師団街道は、国道24線に指定されてたので、いま以上に車は多く走っていたかも。踏切脇の渡辺塗装店は、京阪の線路わきに移転したようです(^.^)
バスは市電稲荷線の代替バスの系統を引き継ぐ南5系統。行き先幕に「稲荷大社」の文字が残ります。
 

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   勧進橋で伏見線とわかれて、夏草の生い茂る線路を稲荷山に向かって走る電車。  

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  専用軌道は、なんの変哲もない住宅街の道路になりました。今はここを走るバス路線はありません。
背後の稲荷山の稜線が当然ながら(笑) 往時とかわりませんね。
 

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  上の電車が、稲荷から戻ってきたところ。手前の線路は伏見線です。
この付近の竹田街道は、道路の東側に軌道が寄って敷設されて、交通事故がよく起こってました。
 

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  市電廃止後、稲荷線の軌道は舗装されて道路となり、竹田街道は拡幅されて師団街道からの載せ替えで国道24号線になりました。
昔の郊外電車のイメージはもう残っていません。
 

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  稲荷線の代替バスの路線がないので、伏見線の代替バスを(^^)

このあと、京都駅まで竹田街道を歩いてみましたが、もう市電の痕跡は見つけられませんでした。やはり50年の時の流れは大きいものがありますね(^-^)
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