ピンぼけブログ館II

京都人のおじさんです。仕事場は大阪船場。近所をブラブラ歩きながら、写真を撮ったり、お寺や神社に参ったり、ギャラリーをのぞいたりしてます。余り飛び回れなくなりましたが、鉄ちゃんでもあります。 よろしくお願いします。地元の叡山電車の写真をメインとした鉄道の話、京都・大阪とその近郊のお散歩やギャラリー巡りの感想、ちょっと遠出できたときの旅行記、などなど、なんでもありの雑文などをぐだくだと.... (by なかっちょ from Kyoto)

高野街道ウォーキング紀見峠越え(後半)

  3連休初日の、11月3日に高野街道の橋本~河内長野間を歩いてきました。  

  後半は、紀見峠から河内長野駅まで。  

  峠の休憩所におられたおじさんは、「河内長野までは10Kmほど、下りやから2時間ほどで歩ける。頑張ってや(^^)/」
と、送りだしてくれました。六里石を11時ちょうどに出発。
 

  くねくねと曲がR371号の旧道をとっとこ下りていきます。
15分ほどで、トンネルの大阪側出口に到着。やっぱり下りは早いわ(^^; 橋本の柿はいまが旬です(^^)/
 

  天見の集落に来ると、田んぼで何かやっています。護摩法要のようです。休憩を兼ねて寄ってみることにします。  

  道中の安全と家内安全を祈願して、護摩木を納めさせてもらいました。  

  国道を出会ノ辻、天見駅前と過ぎて七里石を12時過ぎに通過。  

  峠を下りてからずっと国道を歩いてきましたが、七里石の先で旧街道にはいります。
すぐに松明屋があります。
弘法大師が京都・東寺から高野山に百箇日参りをして、最終日の百日目を迎えたときに、この地で夜明けを迎えられました。明るくなったので松明を大地に突き刺すと、松明から根と枝が伸びて、みるみるうちに大木に成ったという伝承があります。』と、由来が書かれています。
 

  御所の辻の地蔵堂。線香立てに菊の御紋章が。南朝後村上天皇の伝承が残っています。  

  高野山と千早赤坂村・金剛山方面への分かれ道でもあります。  

  石仏寺の石仏
弘法大師が自ら彫られた石仏さまといわれてます。
 

  石仏寺のある旧街道からまた国道にもどると、あとは河内長野駅前まで車道をあるきます。
単調な道のりに八里石は見落としまして(^^; 三日市駅前に、13時過ぎに到着。
 

  ここは古い宿場町の雰囲気が良く残っています。  

  旧本陣の油屋跡に作られた天誅組の史跡。  

  13時26分に河内長野駅駅前着。
橋本から約19Kmほど、休憩・見学込みで4時間20分、歩数27,000歩あまりでした。

これで、高野街道河内長野高野山35Km]が徒歩でつながりました(^^)/
 

  帰りの電車は、混んでました。難波までたちん坊(^^;
ここは、座りたかった(^-^;
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