ピンぼけブログ館II

京都人のおじさんです。仕事場は大阪船場。近所をブラブラ歩きながら、写真を撮ったり、お寺や神社に参ったり、ギャラリーをのぞいたりしてます。余り飛び回れなくなりましたが、鉄ちゃんでもあります。 よろしくお願いします。地元の叡山電車の写真をメインとした鉄道の話、京都・大阪とその近郊のお散歩やギャラリー巡りの感想、ちょっと遠出できたときの旅行記、などなど、なんでもありの雑文などをぐだくだと.... (by なかっちょ from Kyoto)

東高野街道ウォーキングその1(河内長野~古市)

  11月11日は、11月3日に続いて、京都(石清水八幡宮)から河内長野までの東高野街道を歩きます。  

  前半は、河内長野駅前から古市駅前まで、国道170号線近鉄長野線に沿ってあるきます。  

  駅前のアーケードが途切れたあたりで、京都に向かう東高野街道と堺・大阪に向かう西高野街道に分かれます。  

  すぐに、近鉄長野線をくぐりますが、そこに「東高野街道と河南鉄道(近鉄長野線)について」というプレートが貼ってあります。  

  旧街道は国道からすこし離れて石川の段丘面の上にあがります。昔は大きな川の近くは洪水や浸水のおそれがあったからでしょうね。

高野山への道は、伊勢街道の一部でもありました。大神宮灯籠が目につきます。
 

  街道は、また平地に下りてきます。  

  富田林市との境付近にある「孝子地蔵」
「左まきのを道」(西国第四番札所槙尾山施福寺)の道しるべが立ちます。第五番札所葛井寺とつなぐ西国巡礼街道でもあるのですね。
 

  線路を渡って、国道に合流してすぐに、「錦織一里塚」があります。東高野街道に昔の面影を残す一里塚はここと八尾市垣内の2ケ所だけだとか。
(八尾のは見落としました(^^;  )
 

  滝谷不動駅付近の道しるべ。
(北面)「すぐ 満き尾山」(西)「右 瀧谷山江十丁」(東)「堺 発起施主 神南辺何某」(南)「すぐ ふじゐ寺」
と彫られています。電柱とダストBOKが邪魔して読みにくい(^^;
 

  すこし古い町並みが残ります。  

  川西駅前を通過。  

  しばらく行くと富田林の寺内町に入ります。公開されている古民家もありますが、そのままスルー(^.^)  

  旧街道が国道に合流するところから喜志駅口までが大阪芸大の通学路。派手なスクールバスが頻繁にはしります(^^)  

  喜志駅口からまた旧街道にはいって、しばらく歩くと羽曳野市に入ります。  

  遠く葛城山金剛山を背に旅人を見守るお地蔵様。  

  「右 誉田 道明寺 京」「左 ふじ井寺 大坂」と刻まれた道しるべ。お地蔵様にも「右 古ん田道 左 ふじい寺道」と刻まれています。

藤井寺に向かう道は、路地のような細い道ですが、昔は脇道としてそこそこ往来があったんでしょうね。
 

  安閑天皇陵まできました。この付近から古市古墳群をめぐって安堂駅・柏原駅までは何度か歩いているのですが、東高野街道を意識して歩くのは初めてなので、そのまま進みます。
(電車でワープしても二駅だし(^^; )
 

  (画像をクリックすると拡大します)
東高野街道竹内街道が交差する「蓑の辻」です。
向かって右上に続くのが東高野街道、左上に続くのが竹内街道
 

  少しだけ竹内街道を歩いて、古市駅前でトイレ休憩(^.^)
*
 
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